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Endo Tech Blog

Techブログと言う名のただのブログです。

プログラミングとの出会い。

日記

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中学3年から高校1年生にかけての話だ。

僕の家は余りゲームをやらせてくれる環境でもなければ、それが平気で許される環境でもなかった。1番にこれが伝わるエピソードで言うと、我が家ではTVはリビングに1台しかなく、21時以降TV禁止令が発令されていた。

しかしそこはヤングな若者として

「そんな理不尽な圧力に負けてたまるか!21時以降とかTVで一番おもしろい時間帯だろうが!月9ドラマとか水10!とか...抵抗だ!絶対抵抗する!」

 と言った感じで反抗するのがTV子の若者だろうが、ゲーム子の自分のとってその抵抗は

「核戦争後のキャピタルウェストランドサバイバルし、12世紀のエルサレムにタイムスリップしてアサシンとして悪を打ち倒し、トラクターにC4を貼り付けて戦車に突っ込む。」に相当した。

 

 

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この様な親に隠れて深夜にバレないようにゲームをすると言う一種のレジスタンス活動は最終的に、夜間に親父と鉢合わせになり、目の前で電源コードとHDケーブルを料理バサミで切られ、ゲーム機を没収された事で終止符が打たれてしまった。

 

これで「よし!もうゲームは切り替えて勉強に励むぞ!」となれば良かったが、現実はそう上手くいかないし、そうだったら今頃浪人もしてないなぁ....と少し反省している。

 

結局ゲームが出来ない欲求を埋め合わせるかの様に、僕は直ぐに4gamerでのレビュー記事を読み出した。これから発売するであろうゲームの記事や、世界最大のコンピュータゲーム見本市であるE3で発表される続編タイトルの特集記事等など...それこそ、上から下まで舐める様に読んでは、ゲームのストーリ、グラフィック、サウンド、システム、キャラクターと言った事を必死に頭で想像で満たしては、「いつかは....!いつかは!」と期待を膨らませているのが楽しみになっていった。

 

特に一番のお気に入りは奥谷海人さんが書いた記事である。

www.4gamer.net

 

海外のキラータイトルのレビュー記事を眺めると、必ずと言っていいほどに「ライター:奥谷海人」と見る。実際、奥谷さんが書いた記事は読者が欲しいであろう情感や映像が読者に伝わるようにように言葉を並べ、記事を読み終わる頃には「これは絶対プレイしよう!」と思わせてくる内容になっている。

 

そして海外のゲーム業界事情を語る「奥谷海人のAccess Accepted」が何と言ってもお勧めだ。

 

www.4gamer.net

 

このコーナは奥谷海人さんしか書けない文章が記載されていて、大袈裟かもしれないが、まさに「独壇場」と言うに相応しい取材内容と本人による鋭い考察が掲載されている。

 

例えば海外のゲーム会社事情や泥臭いゲームタイトルの権利問題、パブリッシャーとデベロッパーとの金の話、今後ゲーム業界がどういう方向に向かうのか?と言った、日経のゲーム版と言ったような、ビジネス寄りの記事が書かれており、海外ゲーム会社の裏側の仕組みも読めてしまうとうのは、大変面白いし勉強になった。

 

所で、何故ここで奥谷海人さんを紹介したいのか?というと、どうしても紹介しなければならない重要な記事がある。それが奥谷さんが書かれた以下の記事だ。

 

www.4gamer.net

 

今でこそKickstarterを知らなくても、クラウドファンディングという言葉はどこかで聞いた事があるかもれない。しかし当時、そんな言葉を知らない高校生の自分にとって、この記事は衝撃的な内容だった。通常はユーザと作る側(デベロッパー側)は全く別であり、購入金以外でユーザ側が製作側にお金を渡すなんて事は信じられなく、欧米ではそれはが当たり前の様に起きているのか!っと心底驚いた。

記事の中に以下の様な説明書きがある。

 

シェーファー氏の率いるDouble Fine Gamesが始めたDouble Fine Adventure。どんなゲームになるのか誰も知らないのに,わずか1日で必要な資金の3倍を集めてしまったという。これは,パブリッシャやベンチャーキャピタリストの存在価値を揺るがすほどの事件であり,今後のゲーム業界の流れを大きく左右していくことになるかも知れない

1日で3倍の資金だって!?凄い!やばい!

ファンが支援して、製作者は好きな作品を作れるなんて素晴らしいなぁ....所でKickstarteがやっているクラウドファンディングって何だろう...? 

 

調べてすぐにそれが一種のWebサービスであり、ファンとクリエイターを繋ぐプラットフォームであり、Kickstarteがスタートアップで、そしてベンチャー企業と呼ばれている事を知った。これが自分にとってのスタートアップの印象である。

 

だから、未だに自分にとって「ベンチャー企業とは何か?スタートアップとは何か?」と聞かれると、この記事を思い出しては、クリエイターを支援し、ファンを繋げるイメージが強い。そういった事が出来るのがベンチャー企業であると強く思うのだ。

 

今考えると何故ここまでゲームが好きなのに、ゲームの開発ではなくwebサービスなのかと聞かれると、ゲームも好きなのだがそれ以上に、クリエイターが好きなんだと思う。クリエイターを応援したい、支援したい。それでまた新しいゲームが作られて、ユーザが喜ぶ。ファンが出来る。そう言った場所を作りたいと考えているのだ。

 

次に紹介したいのが、清水亮さんを知った記事だ。

清水亮さんとはプログラマーであり、経営者であり、本とか書いてて、「人類総プログラマー」とかなんとか壮大な思想を持っていて、最近だと人工知能の技術を使ってお姉さんを書いてたりする....と言った感じで、とにかく”やばい”人だ。

 

d.hatena.ne.jp

 

と、述べているものの...実は上で述べた清水亮さんのイメージは僕にとってどれも違う。これらは清水亮さんの自伝である、プログラミングバカ一代を読んで知った一面でしかなく、やはり僕にとっての清水亮さんとは、「enchantMOONを作って日本に衝撃を与え人であり、プログラミングのきっかけになった人」とここでは強く言っておきたい。

 

www.4gamer.net

 

これも4gameでの特集記事である。正確には本人の紹介記事ではなく清水亮さんが立ち上げたUEI(株式会社ユビキタスエンターテイメント)が開発した、JavaScriptゲームエンジンであるenchant.jsに関する記事だ。

 

この記事のタイトルの見出しには大きく「プログラミングは最高だ。」と書いてある。しかし当時はプログラミングっという言葉自体知らなく、なぜゲームポータルサイトにこんな記事が上がってくるのだろう?と、逆に不思議だった。実際そこまで興味はなかったが、読んで驚いたのはenchant.jsが出来た経緯のこの一文だ。

 発端は,今年の3月ごろに清水氏が漏らした「昔あったファミリーベーシックみたいなものがほしい」という言葉から始まったという。その場にいた学生達は「ファミリーベーシックってなに?」と思いながら聞いていたらしいのだが,調べると,テレビにつないで子供がプログラミングしてゲームが作れるものらしい。こんな感じかなと当時大学1年だった田中 諒氏が1週間くらいでさらさらっと作ったのがenchant.jsのα版となるものだ。

 

 

enchant.jsを作ったのは大学1年生。

衝撃だった。こんな感じかなって....。

大学生でもこんな事ができるのか。ただ単位を取って、アルバイト始めてそこそこ稼いで、サークルに入って適当に過ごして、研究室で卒論を書いて卒業して企業に入るって思ってた自分の大学生のイメージよりも、遥かにかっこいいじゃないか!。しかも1年生でここまで出来るなんて...!

 

すぐにその後、調べてそれがUEIが現役の大学生を集めた ARC(秋葉原リサーチセンター )によって開発・改良されているとわかった。そしてenchant.jsによって実際にゲームが作られ、日本だけじゃなく世界中の人も注目し、ブラウザ上でゲームを開発されている事もわかった。

 

プログラミングもしらない、コードも1行も書いた事もないない自分のとって、この2つの記事は何かワクワクさせる物があった。最初の奥谷さんの記事ではスタートアップやwebサービスに対する可能性を、2つめの記事ではプログラミングに対する興味を感じた。

 

そして大学入学して二ヶ月後、都内にあるベンチャー企業に有給で学生プログラマとして働き始めた。その頃はお金も必要だったし、技術も貪欲に欲しかったのだ。

 

こうして、僕もARCと同じように学生プログラマとして輝やかしい一歩を踏み出したが現実はそんな甘くなかった。今振り返るってもあれは、かなり無茶苦茶な話で、苦い汁を飲まされた経験だったと考えている。しかしこの2つの記事の出会って無かったら、今頃その会社に学生プログラマとして働いてなかっただろうし、そこで働いてなかったら今の自分は居なかったと考えると、感慨深いものがある。

 

なぜ急にこんな事を記事にしようと思ったのかというと、清水亮さんの自伝であるプログラミングバカー代に、高校生の清水亮さんが月刊アスキー1992年の7月号との出会いについて書いた、以下の文章がある。

 

高校の帰りに本屋に寄って、いつものようにその雑誌を探した。

月刊アスキー」。あらゆる雑誌の中で1番好きだった。そしてその月の記事は、本当に衝撃的だった。1992年の7月号の事だ。

15周年か何かで表紙のホログラムが使われいる合格なものだ。10年後のコンピュータを予測し、実際にどういうものになるかを考えてみよう。

そんな内容だった。

(中略)

雑誌がこんな事をしていいんだ、と思った。未来を語る資格は一部のエリートたちだけにあるのではない。未来を見て、夢をみて、語らい、現実のものとするのは、誰にでも許された行為なのだ。

僕の様な落ちこぼれてしまった人間でも、諦めなければ、いつかは出来るかもしれない。こんな大きな夢を語り、それを具現化することが、僕もいつか、こんな夢を語ることの出来る人間になりたいと思った。

 

この文章を見て、自分がなぜここまで来てプログラミングをやるのか?、なぜwebサービスに関わりたいのか?を振り返ってみたのだ。

 

そしたらこんなクソ青臭い駄文が出来てしまった訳です。

 

おわり